プログラムノートより

企画・制作より


企画
 浜松の街の外れ、誰も住まなくなった団地で、幻聴音楽会が開かれていた。雨雲から水が滴り、破れた商店街の屋根を打つなか、地域の美術家、音楽家が鮮やかなパフォーマンスを繰り広げていた。そこには、子どもたち、障害児、ブラジル移民の人々、そして遠方からわいわい集まったアーティストたちもいて、それぞれ場所との対話から独自のアートを生み出していた。集まった出演者は、とある日の夕暮れに、そこを訪れた幸弘さんが、休日の団地のにぎわいを幻視した結果であり、音楽会全体としては異種混合のミニアートフェス、といった感じになっていた。「アートマネジメント教育による都市文化再生」というプロジェクトの一研究員として、コミュニティアートについて調査していた私は、ここにヒントを得た。地域と関わりながら同様の音楽会を制作していくことで、芸術と社会の関係について見えてくるかもしれない、そればかりではなく、芸術の力を用いて社会を活気づけたり、社会の要望に応じて芸術を再考することができるんじゃないか?と思った。



暴走する妄想、そんちゃんの腕ふり
 幸弘さんに依頼の話を持ちかけ、予想外に「一緒にでっかくやろう!」とノリノリの答えをもらった後、神戸での幻聴音楽会の制作は、まずロケハンから始まった。「いつもの場所が全然違って見える」、「こんなことがなかったら絶対来ない場所だけど、どんなアートができるだろう?と考えながら見ると、めちゃ面白い!!」というのがみんなの一致した感想だった。
 しかし、始めたころは、コミュニティアートといえど所詮私たちは外部の者で、お節介だったり自己満足に終わらないか、忙しい学生たちと数か月で地元の人とどれだけ関わりあえるのだろう、という不安は私自身、絶えずあった。
 一方で、ロケハンを始めると、制作メンバーの妄想は、見る見るうちに膨張していった。場所の視察から戻って飲みながら、いくつのアイディアが提出されたことだろう。それは運河に赴くたびに更新され、許可申請の方法も、出演者探しの方法も分からぬうちにすでに妄想は大暴走していた。なかでも忘れられないのは、兵庫区役所に初めて企画を説明しに行った時、地図の運河一体をなぞるように、そんちゃん(沼田苑子さん)が熱意のある、後先かえりみない、エネルギッシュな腕ふりをしたことである。何度も地図上の運河をなぞりながらしゃあしゃあ腕を振っては「ぜひこの運河全体でやりたいのです!!」と主張した。皆のひそかな希望も象徴していたのだろう。実際、そのエネルギーの渦は、学生を巻き込みながら、運河の周辺へどんどん拡大していき、周辺企業・コミュニティ・学校・社寺・お店を回ったり(その数50以上)、警察やみなと総局への許可申請したりなど、多方面とやり取りしながら妄想を実現可能なものへと推し進めた。



アートを生み出す「場所」
 「場所」にこだわる幸弘さんの発想が、これほどの威力を発揮するとは驚きだった。従来の音楽会は、内容と演奏者が決まってから場所を探す方法をとるが、場所から想起する方法では、多方面の人々とやり取りしながら内容を決定していかねばならない。具体的には、まず広く地域住民の了解を得て、演奏予定場所の所有者に協力を依頼、ふさわしいアーティストを探し出して内容を決め、行政に許可申請する。幸運にも私たちが選んだ場所は、歴史が深く、地域住民による活動が活発に行われている地域だったため、多方面とのやり取りや交渉は、驚くほどたくさんの協力的で魅力的な出会いにより進めていくことができた。休日に船を修理しているおじさんと、「けどあんたら、そんなことしてて幸せやなあ」「はい!幸せです!!」なんて会話をしながら、震災の生々しい体験をきっかけとした音楽人生の話を聴きながら、そして夫婦・親子などの微妙で微笑ましい関係にふれながらの制作過程は、とても楽しいものだった。しかし、その過程で「場所」に関する意外な事件も起こった。
 依頼した出演者は、様々な形で思いのほかその場所にこだわりを見せたのだ。途中で変更の打診をしたり、演奏場所の拡大を依頼したりしたこともあったが、はじめの予定場所にすでに強い思い入れを感じており、私には至って素朴に見えるところでも、変更は論外だった。場所を変更するということは、そこに合うように考えられた内容のコンセプトやイメージそのものを変更することになるのだ。
 その一方で、不思議な場所での公演依頼に奮起して、いつも既成の音楽を演奏している地元の高齢者によるグループからは、予想外の元気な返事が得られたこともあった。「即興による指揮で演奏して欲しい」という依頼に、「幻聴音楽ということですね!」とすぐさま理解と了解の返事がきたこともあった。
 また、いつもと同じ演目を、違う場所で行うことに不安を感じるアーティストもいた。それらのグループは、何度も試行錯誤のリハーサルをして、慎重に出演方法を決めていった。今回の音楽会をどのように体験するのか楽しみである。
 最終的に多様な様式のアートが集まるこの音楽会は、懐深く刺激的な場所の持つ力で、現代型のお祭りのようなものになるのかもしれない。「場所」から想起した音楽会というのは、関わる人を限定せず、また芸術の価値観を限定せず、しかしそこに幻のように現れる新たな価値観の創出を可能なものにするもののようである。



アーティストになってみる
 最後に、アートマネジメントの視点から、今回の音楽会の制作を通して見えてきたことは何だったのか。ふと思い浮かぶのは、この現代GPの他の事業「アートマネジメントカフェ」である教授が言った「アートマネジメントはアートである」という提言である。素人ながらにも、このような音楽会をマネジメント(企画・制作)する際に重要なのは、出演する様々な背景を持つアーティストそのものになって考えられるかということではないか、と思うのだ。気遣いやもてなしということだけではない。その出演者のアートの文脈を理解した上で、自らのアートの価値観を提示し、話し合いながら内容をどう面白くできるかが、このようなアートを制作する際の醍醐味でもあろう。そうしながら、人がつながり、そこに地域社会の歴史や文化が浮かび上がり、人がアートに引っ張られるように活気づけられていく。だから、マネージャーたちはある意味でアーティストよりもアーティストなのである。現代美術の分野では、キュレーターのような役割に近いのかもしれない。野村幸弘さんという美術家から学んだのは、そのことである。




沼田里衣(企画) プロフィール
神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程修了。学術博士。日本音楽療法学会認定音楽療法士中国学園大学非常勤講師。知的障害者との即興演奏や創造的活動に興味を持ち、音楽療法の分野で研究・実践を行う。2005年よりエイブル・アート・ジャパン、明治安田生命から助成を得て知的障害者・即興音楽家音楽療法家による新しい音楽表現の開拓を目指した「音遊びの会」主宰。現在、神戸大学大学院国際文化学研究科地域連携研究員として、子どものための創造的音楽ワークショップ「音楽の広場」や、障害児者を含めたコミュニティアートなど数々のプロジェクトやワークショップを企画、運営している。共訳書に、M.プリーストリー『分析的音楽療法とは何か』(音楽之友社)、P.オリヴェロス『ソフトウェア・フォー・ピープル』(新水社)がある。